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ラースと、その彼女

やや気候の厳しい地方都市での出来事.ややキリスト教に敬虔な土地柄を意識しているよう.

そこで起こったセクシードール(いわゆる南極○号さんですな)を彼女として兄夫婦に紹介する独身中年男性の物語.

コメディとしてみても楽しめるし,

“abnormal”(何を以ってabnormalとするかは問題だけど,ここではそう表現することにしてみる)をどのように処するべきかを考えさせる虚構としても楽しめる.

ここでのabnormalの受け入れ方は,本人を肯定するのではなくて本人の信じているものを肯定することで達成されている.

つまりセクシードール様を教会を一つとする周囲の人々が生身の一女性として遇することで,むしろ社会的には日陰にいた彼は社会に受け止められ,逆に社会性を得る事ができるようになった.

その延長上に,信じるもの(ドール)との別れが生じてそれを乗り越えた結果,一つ殻を破ることができて社会性を保ちつつ次のステップに進むことが出来た.

個人の良心を信じ続けて,abnormalを受け入れ続け,助け続けることが出来る社会なんてー

まさに虚構でしかありえない気もするけれども

信仰に裏打ちされた社会(しかもアメリカで!)ではこのようなことも起こりうるのだろうか?

だとしたら,アメリカという国も捨てたものではないし,信仰というものも(それによって形作られるコミュニティも含めて)捨てたものではないし,何か救われる気もする.

この社会の暖かさがこの映画の全てかなと感じた.

本来は自分の常識の範囲内にある充分に愛すべき人物が,突然に自分の常識の範囲を超えたことをしたときに,自分はどうできるだろうか?

彼らの(自分にとっての)非常識を受け入れて自分の常識とする度量が自分にあるだろうか...

残念ながらないなぁ...

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