→ShingolB←

句集

前勤務地から引き続いて来てくださるクライアントさんがいる。
お付き合いはもう十数年になろうか。
その方から句集を頂いた。
なんでも趣味でやっている俳句をまとめたから、拙くて恥ずかしいんだけど、見てもらえますか、とのことだった。

残雪期のブナは芽吹きかけている。

郵送で届いた句集には彼女の一筆と落ち着いた包装に包まれた玉柚餅子が入っていた。
玉柚餅子はほのかに甘くゆずの香りがする。彼女の地元では定番の和菓子だ。

句集を拝見した。
子供時代を想起しての句、父・母の想い出の句、その母との死別と重なるように母の立場になっている自分と子供の句、娘との旅行に引き続くあちこちの見聞の記録、そして今の穏やかな田舎暮らしの句。
彼女の在り体の如く、素朴で清い言葉選びの句集であった。

彼女が自分にかかるようになったのは、母の死別後に始まった痛みの相談からだった。
言葉として絞り出される体の痛みは辛辣であった。が、常にその痛みは彼女の母の葬儀の記憶とともに表現された。
彼女にとって体の痛みと心の痛みは別のようであって同じであった。
クライアントとして接する時間は毎回ほんの僅かではあるが、その折々にいろんなお話を伺ってきた。
ただ耳を傾け相槌のような言葉を返すのみ。
心と身体に状態に合わせて、無理をせずに、少しずつ…
そこには自分の持つ専門的な知識も技術も何ら意味はない。
ゆっくりゆっくりと心の痛みが和らぐに従って、体の痛みも落ち着いていった。このような関わり方もあるんだと気付かされた大事な大事なクライアントさんであった。

紅葉の中のブナ

痛み止めとしてずっと弱い薬を渡している。実のところ本当はもう要らないものだろう。
彼女はもうとうの昔に癒やされている。
自分でもそれを分かっているのだろうが、薬を止めましょうとはついぞ言わない。
また来ますね、と。

句の一つに何度も再訪しているという奥入瀬渓流の新緑のブナを愛でるものがあった。
句集への返事をせねばと、喜々としてブナの写真を探した。
新緑ではないが芽を出そうとするブナ、落ち葉の中のブナ、雪景色の中のブナ…
別の顔のブナを彼女は喜んでくれるだろうか。

巨木

コメントを残す